福島原発周辺の乳幼児に思いをはせる

福島県の隣県、栃木県に住む母親・研究者・教育者、そして元ユニセフ職員として、原子力放射能のことを調べ、福島原発周辺にまだ取り残されている乳幼児の状況に疑問と憤りを覚える。

放射能の乳幼児への影響
放射性ヨウ素から起因する「被爆により誘発される甲状腺ガンの発生確率は、特に乳幼児について高くなる」ことは、政府の原子力安全委員会も認めている1チェルノブイリ事故後の国際的調査、広島・長崎の原爆被災者の疫学調査マーシャル諸島における核爆発実験における影響調査、いずれからも、放射線に含まれるヨウ素が、小児の甲状腺ガンに関係していることを示唆している。甲状腺ガンについてもっともリスクが高いのは乳幼児、次いで若年層である。

「安全」な放射能の基準はあるのか?
福島原発の事故後、福島県放射能が検出され「ただちに人体に影響はない」と宣言されたが、それは大人での基準であり、乳幼児に関する考慮はない。福島県の原乳や茨城県のほうれん草などから、「一生食べ続けても健康に影響がない」暫定規制値をもとに出荷停止が求められたが、大人が基準になっていることは間違いない。

他方、水道水については、3月22日ごろから厚生労働省が、放射性ヨウ素に関して大人の300ベクレル/kgという数値とは別に、乳児には100ベクレル/kgという基準を示しはじめた。福島に続き、茨城、東京、栃木、埼玉、千葉の一部地域でも乳児の基準値を超える値が検出され、乳児にペットボトルの水を支給した自治体もある。

まず、水に関しては乳児の基準が設定されたが、それ以外の農産物や大気中濃度、土壌濃度については、なぜ大人の基準のみが使われるのか。

また、基準値の設定そのものについても、国民に対して説得性がないが、そもそも基準を設定する「しきい値説」を疑問視する学者もいる。埼玉大学名誉教授の市川定夫教授によると、放射性ヨウ素は、食物連鎖の中で濃縮されるため、一定の水準以下ではガンが発生しない、という政府の考え方を否定する2
妊娠中の女性が優先的に胎盤を通じて胎児に送り、授乳中のお母さんでは、優先的に乳腺に行くようにするという原理もある3
若干立場が異なるものの、日本産婦人科学会は、少し古いが3月16日の現状において、原発から5km以上離れていた場合、被爆するとは限らないが、可能ならば福島原発から離れ、遠方に移動することを進めていた http://www.jsog.or.jp/news/pdf/announce_20110316.pdf。水についても、案内を配布している http://www.jsog.or.jp/news/pdf/announce_20110324.pdf

危機管理とは、予防原則の立場に立ち、住民を守るために、実証された害をもとに平均的な小手先の計算によって恣意的な「安全」基準を設けて社会を管理するのではなく、住民・国民の安全と健康を第一に考える政策を決定するべきではないのか。

福島県に残される乳幼児と妊産婦
福島県では、20km圏内まで避難が勧告され、
20-30km圏内では、自宅退避を求められ問題となり、自主避難を奨励しつつある。30km圏外でも、危機を感じ周辺地域に自主避難してきた人々もいる。さらに東京を含む周辺地域からですら、乳幼児や妊産婦が自発的に避難し始めている。

しかし、問題は、特に福島県内で避難できない乳幼児や妊産婦である。乳幼児や妊産婦のリスクに関する周知はもとより、地震津波による被災に加えて、ガソリン不足や交通手段の確保の難しさがある。そして、放射線量が政府発表の基準値以下の状況で自主避難するということは、避難先において生活が政府によって保障されないという危惧もある。

原発に関する情報や財力・ツテがあり自主的に避難できる人はいいが、取り残された乳幼児や妊産婦はどうすればよいのか。
政府、民間団体、地方自治体、地域住民、乳幼児を抱える保護者、妊産婦の方に、以下の提言をしたい。

(1) 日本国政府は、まずは30km圏内、続いて放射線量の濃度の高い地域から、乳幼児や妊産婦を優先的に、早急に安全な地域に避難させる措置をとってほしい。
・一部の国会議員も、3月25日に、30km圏内の乳幼児と妊産婦の避難と避難区域の拡大を求めてきた http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1053
原子力資料情報室(CNIC)も、繰り返し「妊婦、小児、児童から優先的に避難できる手立てを取ること」を政府に求めてきた http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1040
・3月16日の段階で、原水爆禁止日本国民会議(平和フォーラム)も「妊産婦並びに乳幼児・児童・生徒などの避難の実施について」要請している http://www.gensuikin.org/frm/gnskn/seimei/110316yousei.html
・日本環境学会も、3月18日に、子供を含む健康弱者への避難を含む対応を求めている http://jaes.sakura.ne.jp/archives/1203

国家予算が火の車である事情があることは理解できるが、乳幼児や妊産婦などの健康を守ることは、少子化社会における国家の将来を考えても最優先すべき急務である。

(2) 遠方の自治体や、NPOなどの民間団体は、福島県の乳幼児や妊産婦が安心して避難できる支援を検討してほしい。交通手段、住居、避難後の生活、健康のケア(病院など)、心のケア、人間関係など多様なニーズや心配に答えてゆく準備が必要である。私自身も、微力ながらニーズと受け入れ体制を繋ぐ方法を模索したい。

(3) 放射能リスクの高い*地域の住民や自治体は、将来を担う世代の健康を守るために、乳幼児や妊産婦を優先的にリスクがより低い地域に避難させる方法を、手遅れになる前に模索して欲しい。全地域住民にリスクがないとはいえないが、現在検出されている放射性ヨウ素は、特に乳幼児(次いで若年層)の甲状腺ガンを誘発することが分かっている。妊産婦はただでさえさまざまなリスクを抱えている。地域として、乳幼児・若年層・妊産婦への放射性物質の危険性を理解し、引き止めるのではなく、避難を奨励する後押しをしてほしい。

(4) 放射能リスクの高い*地域にて乳幼児を抱える保護者
政府の基準は、空中飛散している放射能による外部被爆だけを考えた基準であり、内部被爆によって濃縮するガンの発生は考慮に入れていない。確かに「ただちに健康に被害はない」が、早くて5年、遅くて40年後にガンを発生しても、国が因果関係を認めず、保障すらされない可能性は、日本におけるこれまでの公害訴訟をみても容易に推測される。放射性ヨウ素131の半減期は8日であるので、少なくともその期間、自主避難の方法を模索して欲しい。国の正式な避難勧告のもと、生活が保障された避難を希望する状況は重々理解でき、国・行政の対応も期待したいが、その動きは残念ながら今のところ見られない。避難できない期間は(地震津波で被災した中で支援物資が途絶え、今日・明日の生活もままならないことも予想され、困難な注文であることは心苦しいが)、乳幼児の水だけでなく、乳幼児の基準が設置されていない食べ物にもご注意いただきたい。

(5) 放射能リスクの高い*妊産婦の方
妊産婦の方は、放射能からのリスクに加えて、月齢によって移動可能性、精神的な不安からくるリスクなどによって、条件が異なってくることが考えられる。それらを勘案しながら、周りにサポートを求め、最善の自己防御策をとっていただきたい。

報道でも放送されるようになったが、原子力資料情報室(CNIC)が、被爆をさけるための自己防衛方法を簡潔に掲載している。http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1036

*「リスクの高さ」は、相対的にはあるが、市川教授の研究によると、政府が示した基準値のように一定水準をもって安全・危険を白黒に明言することはできない。相対的に最もリスクが高い地域における乳幼児や妊産婦を優先的に避難させるなどの政策が求められる。それと同時に、相対的にリスクが低くても、リスクが皆無でない地域では、外出や飲食物に細心の注意を払い、乳幼児や妊産婦の健康を予防的な観点で自己防衛してゆく必要もある。

1. 原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会、平成14年4月「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用考え方について」第27回原子力安全委員会、資料第1-3号, pp.2-3, http://www.kokai-gen.org/information/6_027-1-3.html
2. 市川定夫、2003年8月25日「低線量被爆の影響とJCOの事故健康被爆」臨界事故被害者の裁判を支援する会, 講義録(4), p.5, http://www.bea.hi-ho.ne.jp/kuroha/ichikawa_report5.html, 講義録(5), pp.1-2, http://www.bea.hi-ho.ne.jp/kuroha/ichikawa_report6.html, 講義録(6), p.1, http://www.bea.hi-ho.ne.jp/kuroha/ichikawa_report7.htm
3. 同上、講義録(5), pp.1-2, http://www.bea.hi-ho.ne.jp/kuroha/ichikawa_report6.html